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惑星ソラリス | Solaris
監督 : アンドレイ・タルコフスキー | 映画 1972年
Nov. 7, 2013 鑑賞
率直に述べると、よく解らなかった。再視聴する時間もなかったのだが、立て続けに二度観ても理解は進まなかったかも知れない。いろいろ整理をする必要がありそうだ。
とりあえず、SFはただの舞台装置で、何か別のことを描いているのだろうという感じがした。過去に失った大切なものが再び目の前に現れたとき、明らかに紛い物であると判っていながら完璧な理想を提示されたとき、人はどのように振る舞うのか。ソラリスによって複製された主人公の亡妻についてそれぞれ異なる対応を見せる二人の同僚の言動なども、対比軸を見出すことができれば理解が進むかも知れない。
自分が観た映画の中でもかなり咀嚼できていない方だと思うが、基本的には退屈映画なので好きになれそうな予感がする。「2001年宇宙の旅」が超越した何か(神、でもいいのかも知れないが)を描いたのに対して、こちらは人を描いているように思う。
東京の首都高速が突然出てきたのはなんだったんだと思ったが、未来都市の表現だそうな。“クー!”
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3月10日、午前中から学生などの作品展をいくつか観て、帰宅してから入稿を控えた制作に少し手をつけ、22時を過ぎて再び外出、駅前のセブンイレブンでサントリーの烏龍茶とカロリーメイトを買って東京行きのバスに乗った。夜行バスの酷さは身に憶えがあったので堪らなく憂鬱だった。
22:50 岡山、24:00 姫路、24:55 三木、以降は加速と減速の度に自分が眠りに落ちていないことを認識させられながら存分に伸ばせない脚の置き場を検討すること再三、メモが再び復活したのは 30:50 海老名SAで、車外に出たときに隣のバスから降りてきた女子高校生の一団を見た。みんなミッキーマウスの耳飾りをつけていた。朝が明るかった。
陽が昇っても頑にバスのカーテンは閉ざされ、方向感覚をつかめないまま、東京まで運ばれていると信じていた。おそらく首都高速でぐねぐねと都心を縫い、33:30に東京八重洲に降ろされた。備え付けの毛布は暖かかったが粗悪で、黒い洋服にたくさん吸付いた化繊のクズを、背広のビジネスマンたちが往来する歩道の端で払った。
どちらを向いても目に入る巨大なビルが、すべてこちらに倒れ掛かってきそうに感じた。
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青海埠頭にも返事の手紙は届いていなかった。
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夏休みが終わろうとしていた。後期始業早々に中間プレゼンを控えていたグループ制作は、方向性が定まらず停滞していた。気分転換とアイデア探しのために、みんなで GOOD DESIGN AWARD(Gマークの審査及び発表会)を観にお台場に行った。
臨海高速鉄道に揺られ、来ないメンバーを待ち、待つのをやめ、会場いっぱいに並べられた新製品を見た。よく憶えていない。数が多かった。
広い会場、人混みを巡っているうちにみんなバラバラになって、そのうち流れ解散のメールが届いた。もう用事はなかった。だが僕は、その埋立て地にしつこく居残った。何処かに——
埋立て地の出口、お台場海浜公園で下車。違う。再びゆりかもめに乗車し、テレコムセンターまで戻った。
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向こう側へ
著 : 杉本 由美 | 小説 2013年
日本文学館
May 4–July 7, 2013 読了
「十年前、思い描いた未来を生きていますか?」
そう問われたなら、答えは「NO」だろう。十年も先のことをそれほどちゃんと考えていなかったというのがより正確と思うが、「NO」であるということ自体には残念とも素晴らしいとも思わない。
事情は異なるが、本作の主人公も、十年前、未来を思い描くことなんて出来なかった
、と学生時代を振り返る。当時を思い起こしては胸が痛む——真新しい紙の縁で切ったような痛み——という。特別なことではないと思う。その時代を「思い出」として客観視できる歳月を経た人なら、心当たりがあるはずだ。
だから、事の次第や大小などの差異はあれど、誰が読んでもすっと沁みるものがあるのではないかと思う。幼少時の体験が枷となって立ち止まらざるを得なかった主人公が、少しずつ行動範囲を拡げて、それを振り返る事ができる地点まで進む様子を丁寧に描いている。
著者は、僕が小学生の頃から今もつきあいのある希少な友人の妹さんで、家も直線距離で100mほどというご近所さんです。去年の正月に「小説を書いている」と言っていたのを、「へえ、そういう趣味が」というくらいに思っていたら今年の春に300頁弱の本が出てきてびっくりしました。
年齢一桁の頃から知っている女の子の名前が、正規出版物の奥付にあるというのは不思議な気分ですが、ますます活躍してもっと不思議な気分にしてほしいです。
beyond the darkness
絵は自信がないそうです。
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