white copy papers*

先日の連休中、遊ぶ予定も元気もなく、部屋に籠ってここ2年分ほどのフィルムをスキャンしていた。2年分といっても、たった13本しかなかった。
　その13本で、学生時代の2000年から170本以上溜まっていたフィルムを、全てスキャンし終えた。こんなかたちでWEBに載せていこうと始めたことなので、2008年頃から7年かけてようやく現在に追いついたことになる。
　とはいえ、今後もたぶん溜め込んでしまうので、撮ったものがすぐ出てくることはないと思う。ひきつづき周回遅れの季節感でお送りします。

写真を撮ることがめっきり減った。
　あまりにも長く同じ場所に留まってしまっているせいかも知れないが、少し旅先へ出てもフィルム1本を使い切ることも難しくなった。「つまらん」と思うことが多くなった気がする。つまらんのは……
　8年前の春に尾道へ行ったのだ。当時お付き合いをしていた娘と、どちらも写真が好きだったのでカメラを持ってうろうろ歩いた。ただ僕は、7回しかシャッターを切らなかった。歯ブラシを買うのに決断が要るほど当時はお金がなかった。
　今は好きなときに歯ブラシを買えるが、尾道でフィルム1本潰すことができるだろうか。潰したとして、あの日撮った7ショッツが悲しいほどつまらないのはどうにもならないけど。
　美しいのは思い出だけ。つまらんのは……

「いってきまーす」
「かせいでこないと晩飯ぬきよ」
「今晩はたぬき汁だってよ」

平成15年6月3日

……
今朝、したたる顔の脂の所為で目玉焼きを天ぷらにしてしまった反省から
今日は体中にガムテープを巻いて会社に行った。
関節が固定されて歩きにくい。息も苦しい。

……
僕は相変わらずの代謝で目から鱗をポロポロと落とした。
降り積もった鱗の山から芽が出てきて、農家のおじさんが収穫を待っている。
……

6月の末に、休学することを決めた。取り残されるような感じがしてつらかったが、それと同じくらい、もう無理だった。

平成15年5月28日

……
住宅地に縦横に張り巡らされた電線は
パーツの区別が判らないほど真っ暗黒くなり、空に映えて格好良い。

ぼんやり空を眺めながら自転車を漕いでいるうちに車に跳ねられたら
ぐるりと回ってそれらが一瞬で全部見えるかどんなだろう。
……

実家から、戻ってきた橋本のアパートは落ち着いたが、休暇前の状況に戻っただけだった。

いつのことだったか、だいぶ昔のことだが、岡山市街を歩いていて「東京」という喫茶店を見つけた。「なんて田舎くさい」と思って行き過ぎた。
　その喫茶店が、大型のスピーカーでレコードのクラシックを流す名曲喫茶のようなところだと知ったのはそれからかなり後のことで、そうなると手の平返しで興味をそそられたが、日曜祝日が休みという営業形態もあって、実際に訪れたのはさらに後の昨年春のことだった。良い時間だった。

その「東京」が先月で閉店となった。
　最後だと思って、4月下旬の平日を休みにして訪れた。炭焼きのブレンドとホットケーキを注文した。音楽を聴きながら本を読んで、2時間ほどくつろいできた。
　数日後、新聞の地方欄に「東京」の記事が出ており、気になっていた店名の由来も書かれていた。初代店主が戦後に働いていたあこがれの東京、ということらしい。
　なんだ、やっぱり田舎くさい。そして僕はもう片手の平も返す。僕も、昔かじった東京が、確かに今もあこがれです。

「ちょっと東京に行ってくる」という遊びができなくなって、残念。

アメリカの友人　|　Der amerikanische Freund
監督 : ヴィム・ヴェンダース　|　映画　1977年

July 18, 2013　鑑賞

「ベルリン・天使の詩」があまりピンと来なかったのに、どういうわけか続けてヴェンダース作品を観ている。こちらはおもしろかった、ような気がするが、細かいことは憶えていない。

あの橋を渡っても“降るような星”などはなく、右も左も慣れ親しんだ街でこそこそ隠れながら暮らす無職に戻るのだった。アルバイトにありついたが志にはほど遠く、先がないような気がして東京時代からつき合っていた彼女とも別れてしまったし、アルバイトの稼ぎから少しずつ親に借りたお金を返していた、そんな2008年が暮れようとしていた。

オワリ

特急列車の通過待ちの駅で外の空気を吸い込んだ。海があった。

YOSAN LINE
AND BEYOND THE INFINITE
予讃線——そして無限の彼方

港湾区域を彷徨したが、出会うものはすべて拒絶の意志で、西条には湧き水はあっても海はないのだった。帰ることにした。乗客の疎らな予讃線の平日鈍行は、冬の光線を浴びてのんびりと進むのだった。

先週、仕事で長野と山梨まで行ってきた。
　取引先の都合がたまたまそこらだったというだけで、地元で細々とやっている身にはそうあることではない。大人になって以降、泊まりの旅行に出たことも殆どないので、取引先が用意してくれたビジネスホテルですらわくわくと落ち着かない感じがした。到着の晩は酒酔いと移動疲れですぐに寝落ちたが、未明には目覚めて、薄暗がりに沈む知らない街を5階の窓から眺めているだけで時間をつぶすことができた。
　東京で暮らしていた頃には感じなかったことだが、東国の夜明けは早いのだなと思った。

松本で主目的を果たし、後は取引先のご好意に任せて山梨まで足を伸ばした。
　少々背伸びが必要な案件で、おかげで足許がお留守にもなったし神経も張った。間抜けを露呈はしたが、何事も経験と思うので、長い目で見れば良かったとは思う。ほんの数年遡っただけでも、その当時の自分からは考えられないほど遠くへ来ているのだろうと、担当者と別れて22時間ぶりにひとりになった山梨の駅で思った。
　甲府でぎりぎりの乗換えをした後は、指定席を確保した安心感と、それに伴う6時間超の帰路の憂鬱を想った。夕暮れの山岳は濃い霧で覆われて時刻以上に暗かったし、直近4週間の無茶な働きぶりから来る疲労と、今回のような背伸びが今後も頻繁に必要になるかも知れないといった期待混じりの不安、早起きした分の眠気などで飽きることはなかった。「あずさ」の車窓は延々と代わり映えしない黒い森で、目覚める度に露出不足のシャッターを義務のように切った。塩尻の乗換えは1時間待ちで、売店にあった最後のひとつの釜飯弁当を買って食べた。僕が弁当を買うと、売店は閉まった。「しなの」の車窓は夜だった。名古屋駅の10分の乗換えで、降りてもいない名古屋土産を買い、最後の指定席に座ると、あとは疲れすぎて眠れなかった。隣の女は下車の新大阪まで片時もスマートフォンを手放さなかったし、JR東海の新人研修風景に出くわして宝塚のような車掌や先輩後輩ツーマンセルのワゴンサービスなどを見た。全て全角の「読売新聞ニュース」では、香川の海の人死に事故を報じていた。新大阪を過ぎてからは、持ってきた小説のzineを読んでみたら捗ったし、乗り込んできたUSJ帰り風の集団はシートを向かい合わせにして酒盛りを始めたので元気だなと思った。
「まもなく、岡山です」のアナウンスが流れて減速がかかり始めたとき、窓の外は地元なのか判らないほど真っ暗だった。降りた後、ホームを少し歩いて、桃太郎大通りを真正面から捉えるアングルで記念写真を撮った。0時前で街灯だけが明るく、閑散としていた。

いつも通り、駅からは歩いた。外気で呼吸をしたいと思った。地面に足をつけて歩いていれば、やはりどう見てもいつも通りの街で、ようやくうんざりとしてきた。髪が伸びて鬱陶しく思っていたので、切ろうと思った。行きの新幹線に遅れそうで少し走ったのだった。ほんの34時間前のことだった。
　4車線の国道の、もうアパートも近い横断歩道の信号待ちをしていると、目の前を「横浜–新宿行き」の高速バスが横切って行った。疲労した思考と眼が、誘導されるまま右から左へ進行方向に振られ、しばらく目を離せなかった。本当にうんざりした。