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Nov. 24, Fri., 2017: upload

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ブレードランナー 2049/Blade Runner 2049
監督 : ドゥニ・ヴィルヌーヴ | 映画 2017年
イオン・シネマ


Nov. 22, Wed., 2017 鑑賞


「本物なのか?」
「飲んでみればわかる」


Okayama City, November 22, 2017.
「仕事」を早めに切り上げたおれは、16時台には日没後のように暗くなった雨の市街を「劇場」に向かって歩いた。真っ黒の外套は、“雨の中の涙のように”消えたあのネクサス6型への「R.C.P.(リスペクト・コスチューム・プレイ)」だった。残念ながら、2017年のおれの傘は光らない。
「地下鉄」で人造サンドウィッチと植物ペーストを補給し、電磁エスカレーターで「劇場」へ上った。そこはQRコードで予約チケットが発券される「2049年」だった——


まず、他人に乾杯。
「本物は何か(≒偽物は何か)」「自分は本当に自分か」、前作から30年以上議論されてきた問いに、すばらしい回答が示されたと思った。それは、「設問自体がナンセンス」という解だった。
 先天的に規定された真/贋に大きな意味はなく、自分がその時、その場で、何を、どうするか、それが本質ということ。本物(良いもの)かどうかは、ラベルでも知識でもなく、飲んでみて判断されるべきこと。
 ただ与えられるままに自分が本物・特別な存在だと確信を持っていた人々、ひいては他者を見下げて尊厳を蔑ろにした人々が、最後には敗北した物語だと思った。


ヒロインポジションのAIホログラムちゃん、彼女は常々Kを励まし愛情を注ぎ、名前まで与えてくれ、Kもそれに応えるように信頼し合っていた。孤独なレプリカントとAIで描いた親愛も、「本物か偽物か」という価値基準を一蹴する仕掛けのひとつだろう。
 しかしそれだけではなく、終盤、彼女と同じ製品「Joi」の巨大な電飾広告にKが向き合う場面がある。その売り文句は「すべてあなたの望むまま」。
 彼女の振る舞いが、すべてKの願望の現れだったことの示唆で、そうするとKは彼女に慰められたり励まされたりしていたようで、実はずっと自分の意志で行動し、名前すら名乗って人格を獲得したようにも思える。
 Kはレプリカント組織の依頼にも背き、デッカードを殺さない。最後まで、誰の駒でもなかった。本物でも作り物でもなく、KはKだった。乾杯。

おそらくそれほど遠くない将来、人間の思考や感情と変わらない振る舞いをするAIが登場するだろうし、望む望まぬに関さず、それをコアにして高等生物のような何かも生み出されるだろう。1982年の「ブレードランナー」で描かれた2019年には良くも悪くもほど遠い現在だが、そこで描かれていた状況自体は遠いSFの物語ではなく、むしろ身近に迫っているように感じられる。
 タンパク質の間の電気信号と、電子回路の電気信号に質の違いがあるのか。明らかに異質なのに自分たちと変わらない振る舞いを見せられたとき、どう対応するのが良いのか。相手が痛がっているのか、「痛い」というプログラムが働いているだけなのか、しかしそれは生身の脳神経も同じようなものではないのか。はたまた、痛みであろうがプログラムであろうが、異質な作り物と見做して何も感じないでいられるのか。
 しかしよく思い起こせば、人間同士でも民族やら宗教やらで既にグズグズだった。


21:00終幕後にまっすぐ早歩きで滑り込んだ本格イタリアン「SAIZERIYA」で、500mlの白ワインに溺れながらノートに書きなぐったいろいろの再構成。

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Nov. 22–24, 2017

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